③自分がその両親を選んできている
池川明先生の『かみさまとのやくそく』という映画はご覧になったことはあるでしょうか?
https://www.youtube.com/watch?v=DJH5PL75GWs
池川先生は胎内記憶について研究しており、胎内にいたころや前世、中間生(受精する前の記憶)の記憶について興味深いお話しをされています。
私の娘が3~4歳くらいの頃に、何故このお母さんを選んだのかを尋ねたところ、
「沖縄のママと北海道のママのどちらかにしようと思った」
「北海道のママの方がやさしそうだったから、ママにした」
「滑り台にのって、ママのおなかのなかへいった」
こんなことを語っていました。そうしたら、映画『かみさまとのやくそく』で同じようなことを語るこどもたちがたくさんでていました。それは、まさに娘が語っていたような場面が映像とともに表現されていました。
私は何のために生まれてきたのかということを、ある時から自問するようになりました。
人生とは何なのか?
何故わたしはこうして生きているのか?
そんな、答えのでないような問いを持って生きてきたのですが、きっと生きているということは何かの意味があるのだろうと思うようになりました。
そこで、前回、前々回の記事で書いたように、
もし、自分が両親を選んできたとしたら、
許せない、受け入れがたい、両親を選んだ意味とは?
について考えるようになったのです。
生まれてくる前に、
魂が決めてきた計画・シナリオがあったとしたならば、
生まれるときにそれを一旦忘れてしまったのだと思います。
そして、そのシナリオでは、
この両親を選んだことの意味が間違いなくあるだろうと思ったのです。
受け入れがたい両親、生きづらさを感じさせる観念を植え付けられたこと、これらのことは、自分の人生にとって必要な出来事なんだと思うようになったのです。
闇が深いほど、光が輝いてみえるように、
光を体験するために、必要な闇の体験。
きっと、両方を体験したくて、このような両親・境遇を選んだのでしょう。
それは、マヤ暦やクリスタル誘導ワークによって、少しずつ見えてきたことでもあります。
ビジョン心理学の考え方で、ネガティブなことや課題は、エゴが仕掛けている罠であって、そこをしっかり感じきることで、それは光やポジティブなことに変容するということでした。
ネガティブなことはどこか避けてきたようなところが今まであったのが、避けても様々なかたちで現れてきますし、むしろ感じ尽くしたほうが、昇華されていくことを体験していきました。
この本も私に影響を与えました。
そう思うと、育ててくれて、体験を与えてくれた両親に感謝の気持ちがわいてくるうえに、表面上ではわからなかった、両親それぞれの愛を受け取れるようになったのです。
そうなってから、人生がジェットコースターのような展開となっていったのです。
親は選べないという視点から、実は両親を含めたキャスティング、舞台設定はすべて自分で脚本したシナリオでそれに沿って生きているという視点に変わったときに、執着し、こだわっていたことをバカバカしく感じ、自分の人生を俯瞰してみるようになりました。
つまり、両親を自分が設定したとしたら?という新しい視点をもつことは、自分の生まれてきた目的を知り、自分らしく生きるためにはとても大切だということです。
両親との関係を新しい視点から観察し、自分が描いたシナリオを思い出す学び舎を10月からスタートします。
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